ティブな思いが頭をめぐる反芻症状をともなう患者が対象で、考え方のくせに適切に対応するための認知行動療法をVRに組み込み、患者に自宅で体験してもらいます。認知行動療法は、認知(ものの受け取り方や考え方)に働きかけて気はんすうしょうじょう持ちを楽にする心理療法の一種です。ストレスを感じると、私たちは悲観的に考えがちになって、問題を解決できない心の状態に追い込まれていきますが、認知療法は、そうした考え方のバランスをとって、ストレスに上手に対応できる心の状態をつくっていく治療法です。対面での認知行動療法は医学的な効果が確認され、保険も適用されていますが、療法にかかる時間が長いなどの理由であまり普及していないのが現状です。VRを用いる認知行動療法は、潜水艇に乗って3次元の海のなかを進み、カラフルなイルカやカニなどに目を向けると、生きものがうれしそうに跳びはねるといった反応を示すというようなVR画像を用います。注意を外に向けることで、頭のなかで繰り返されるマイナス思考から抜け出すための訓練の一つです。VRを用いた認知行動療法は、電車やバスなど特定の空間で恐怖感を覚える「広場恐怖症」などの治療に用いる手法がすでに開発され、一部の医療施設で自費診療の枠組みで活用されています。東京大学先端科学技術研究センターの辻田匡葵特任助教らのグループは、自閉スペクトラム症(ASD)知覚体験シミュレーターを使用するワークショップを開催し、障害に対するネガティブな感情が低減したとする研究結果を発表しました。ASDの人は、感覚が過敏または鈍くなることがあり、屋外の光を過剰にまぶしく感じたり、暗い場所では何も見えなかったりするなどの困難が起こります。こういった困難について当事者への聞き取りをもとにプログラムを開発、VRに導入しました。ASD者の視覚世界を体験することができるヘッドマウントディスプレイ型シミュレーター(ASD知覚体験シミュレーター)を一般の人に装着してもらい、ASDに対する印象がワークショップの前と後でどのように変化するかを調査しました。その結果、ASDの人たちが抱える困難への理解を進めるのに役立ちそうだということです。ただ、当事者の困難を知る試みは、VR体験だけでは逆に差別や偏見が高まるという報告もあることから、辻田氏らは、同時に、ASDについての講義や参加者の座談会を組み合わせて理解を助けています。このようなワークショップが学校の授業や企業の研修といったさまざまな場面で活用されて、ASDの感覚、知覚に関する困難への理解が深まるとともに、ハンデに対するネガティブな感情が改善され、平等に自分の可能性を十分に発揮できる社会の実現が期待されます。ハンデを体験することで障害への否定的な感情が低減★参考資料朝日新聞デジタル版 2023/10/14 、看護教育のための情報サイトNurSHARE(南江堂)、名古屋大学メディカルxRセンターホームページ、高知大学医学科「医療×VR」学 ホームページ、東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構ホームページ、monoAI technology株式会社ホームページ19■ LABO – 2024.01作家のスタンリー・G・ワインボウムが発表したSF小説中にVRゴーグルのような機能をもつ魔法のメガネが登場。VRはまだ小説の中の想像上の産物ではあるが、VRのコンセプトの先駆けとされる。コンピューター技術の進歩にともない、VRマシーンがつくられるように。大型の筐きょうたい体をのぞいて3D映像を楽しむ「Sensorama」は、最初期のVRマシーン。「Telesphere Mask」や「ダモクレスの剣」など、現在のVRゴーグルやHMD(ヘッドマウントディスプレイ)とほぼ同じ形をした、3D映像を視聴できる装置が登場。VRの概念が一般に認識され始め、開発が盛んになり、第一次VRブーム到来。だが、当時の技術は未熟で価格も高価すぎたため2000年代に入ると失速。マイクロソフト社のモーショントラッキングセンサー「Kinect」が発売され、医療分野や研究にも使われVRの新たな可能性を示唆。世界初の家庭用向けPC VRゴーグル「Oculus Rift」が発売され、Facebook(現在のMeta社)が買収。世間の注目と期待感が一気に高まり、第二次VRブームが到来。HTC社の「HTC Vive」、ソニーの「PlayStation VR」が立て続けに発売され、VR市場が一気に活性化した2016年は、「VR元年」と呼ばれる。1950年代1960年代1990年代2010年代VRの歴史1930年代Medical Trendメディカル・トレンド
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